コミックビーム誌での長期連載を一挙にまとめた、全49話800ページ超の、実にボリュームのある1冊。 <p> この800ページ超をフルに使って、職業としている漫画描き以上に趣味である釣りを愛する「ヒマシロタケシ先生」の日常が、ゆったりとあるがままに描かれる。決して売れっ子ではないため、時間にゆとりのあるヒマシロ先生は、日々、泡のように浮かび上がる煩悩を抱き続ける。そんなに根性はないし、働きたくないが、働かないと釣りができない。そんな当たり前の、厳然たる事実を前に、かったるいなーとごろごろし、でもやらなきゃとまじめに机に向かい、次のコマではまたごろごろ。こういう感覚は、特に社会人なら誰もが抱いたことのある感覚かもしれない。 <p> あまりにも自分に正直なヒマシロ先生の、日々の本音のつぶやきは、それゆえにすごく味わい深い。いい仕事ないかなー、マッサージの若い女の先生魅力的だなー、などと脳内で浮気をしても、けっきょく今の仕事や妻を放棄することができないヒマシロ先生のやることなすことには、決してカタルシスはないが、激しく共感を呼ぶものがある。一見手抜きに見える簡素な作画も、話のやるせなさと見事に合致して、ある意味ワビサビの境地とすらいえる雰囲気を醸し出している。 <p> 基本的に釣りのシーンが多いが、釣りに興味のない人に向いていないわけではない。日々、疑問や不満を抱いていたり、ぽんぽんと妄想を膨らませても、一線は超えることは決してできない人には、何かしら感じて笑えて、しみじみさせるところがきっとあるだろう。もちろん、趣味人には強くおすすめできる。(横山雅啓)
生きている以上は、必ずどこかでどうしようもないことが厳然と目の前に立ちはだかる。たとえば、悩める童貞男子にとってのセックスがそれにあたるだろう。『チェリーボーイズ』は、タイトルそのままの20代半ばの童貞3人組が、立ちはだかる巨大な「無力感」という壁に対し、悩みながらも自分たちのやり方で立ち向かう小さな冒険劇だ。 <p> かつて誰もが童貞であり処女であったという当り前の、しかしなぜか見過ごされやすいその事実にきちんと基づいて、著者は3人組の脱童貞作戦を毅然とした態度で描いていく。作戦内容自体は最低なのだが、その身勝手な作戦に取り組む彼らの情けなくも真摯なひたむきさの中に、どこかに置いてきてしまった大切なものをふいに発見させられもする。「童貞」を簡単にあざわらえるような人が忘れてしまった、何も知らなかったころに見た、世界中に満ちあふれていた輝きを。 <p> そしてその輝きは、作戦のクライマックスにおいて3人組の前に降り注ぎ、かっこ悪すぎてかっこいいラストシーンを照らし出す。ただそれをやり遂げるだけでは得られない大切なこととは何か? その答えを、この愛すべきチェリーボーイズと共に探索してほしい。(横山雅啓)