全43件
作品数 : 9
筒井 哲也(つつい てつや、1974年11月17日 - )は、日本の漫画家。愛知県出身。2002年、集英社『月刊少年ジャンプ』8月22日増刊号」号掲載の『最弱拳銃士ルービック』でデビュー。後に自身のサイトで公開していたウェブコミックが話題になり、スクウェア・エニックス『ガンガンYG』で『リセット(フランス語版)』を連載。2007年に『ダズハント』『リセット』『マンホール』がフランスで発売され、人気を博す。2015年に『有害都市』が日本に先駆けてフランス国内で先行発売され、同年7月にアジアのバンド・デシネを対象とするコミック評論家・ジャーナリスト協会賞(ACBD)で最優秀作品賞を受賞した。また、同作品は2017年に第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。
作品数 : 8
Masasumi Kakizaki - Lucca Comics & Games 2014柿崎 正澄(かきざき まさすみ、1978年5月18日 - )は、日本の漫画家。北海道紋別市出身。男性。血液型はA型。北海道芸術デザイン専門学校卒業。2001年、小学館『別冊ヤングサンデー』に掲載された「ツートップ」にてデビュー。2005年、『RAINBOW-二舎六房の七人-』が、第51回(平成17年度)小学館漫画賞一般部門受賞。
作品数 : 30
松本 大洋(まつもと たいよう、男性、1967年10月25日 - )は、日本の漫画家。東京都出身。和光大学文学部芸術学科中退。1987年デビュー。代表作に『花男』『鉄コン筋クリート』『ピンポン』『ナンバーファイブ 吾』など。スポーツや闘いを題材に、男の持つ美学や世界観を独特のタッチで表現している。初期には講談社『モーニング』で活動するも人気が出ず、小学館『ビッグコミックスピリッツ』に移って以降評価を受けるようになった。実母は詩人の工藤直子。妻は漫画家の冬野さほで、冬野はしばしば松本のアシスタントもしている。従兄弟の井上三太も漫画家。
作品数 : 10
日本橋 ヨヲコ(にほんばし ヨヲコ、1974年10月3日 - )は、日本の漫画家。香川県出身。香川県立坂出高等学校、神戸学院大学卒業。血液型O型。女性。夫は作画監修兼チーフアシスタントの木内亨。
作品数 : 12
佐原 ミズ(さはら ミズ、12月25日-)は、日本の女性漫画家・イラストレーター。神奈川県出身。血液型A型。2004年にほしのこえでデビューしたと紹介されているが、本名義での商業誌デビューは2002年の月刊アフタヌーンである。別名義として、夢花李、佐原恵太がある。
作品数 : 34
髙橋 ツトム(たかはし ツトム、男性、1965年9月20日 - )は、日本の漫画家。東京都出身。既婚。1989年『モーニング』でデビュー。『月刊アフタヌーン』、『週刊ヤングジャンプ』などで活躍。代表作に『地雷震』『スカイハイ』『爆音列島』『SIDOOH/士道』など。
作品数 : 20
米原 秀幸(よねはら ひでゆき、1967年10月2日 - )は、日本の漫画家。東京都出身。主に『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)誌上で作品を発表している。代表作は『ウダウダやってるヒマはねェ!』、『フルアヘッド!ココ』、『Dämons』(原作:手塚治虫)など。2010年5月7日発売の『風が如く』第8巻で、単行本が通算100巻(冊)を数えた。
作品数 : 26
曽田 正人(そだ まさひと、1968年6月18日 - )は日本の漫画家。東京都文京区出身。日本大学藝術学部デザイン学科インダストリアルデザインコース中退。代表作は『め組の大吾』、『昴』。1990年に「マガジンSPECIAL」(講談社)に掲載の『GET ROCK』でデビュー。以降、作品の掲載は講談社・秋田書店・小学館の3社にわたる。1997年に『め組の大吾』で第42回小学館漫画賞を受賞。2005年には『capeta』で第29回講談社漫画賞を受賞。
作品数 : 38
鳥山 明(とりやま あきら、1955年(昭和30年)4月5日 - )は、日本の漫画家、デザイナー。愛知県名古屋市出身、同県清須市在住(合併前は清洲町)。プロダクションは「BIRD STUDIO」(バードスタジオ)。血液型はA型。妻は漫画家のみかみなち。
作品数 : 20
大友 克洋(おおとも かつひろ、本名同じ、1954年4月14日 - )は、日本の漫画家、映画監督。宮城県登米郡迫町(現在の登米市迫町)出身。宮城県佐沼高等学校卒。血液型はA型。 1973年『漫画アクション』にてデビュー。代表作に『童夢』『AKIRA』など。ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なパースを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。息子はイラストレーターのSHOHEI(大友昇平)。1988年、自作を元に自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を得、「ジャパニメーション」と呼ばれる、日本国外における日本アニメムーブメントのさきがけとなった。近年は主に映画監督として活動している。