全38件
作品数 : 1
楠 勝平(くすのき しょうへい、本名:酒井 勝宏、1944年1月17日 - 1974年3月15日)は、日本の漫画家。東京都荒川区出身。市井の人々の哀歓を描き、わずか30歳で夭折した劇画作家として知られる。代表作に『おせん』『彩雪に舞う…』がある。
作品数 : 4
佐々木 マキ(ささき マキ、男性、1946年10月18日 - )は、日本の漫画家、絵本作家、イラストレーター。神戸市出身。京都市在住。1966年、『ガロ』掲載の「よくあるはなし」で漫画家としてデビュー、同誌を中心に実験的な漫画家として活躍。1973年からは絵本の分野に活動の場を移し、『やっぱりおおかみ』や、『ムッシュ・ムニエル』シリーズ、『ぶたのたね』シリーズ、『ねむいねむいねずみ』シリーズなど、ナンセンスな味わいのある絵本を多数発表している。また村上春樹の著作をはじめとして、イラストレーターとして多数の装画や挿絵を手がけている。「佐々木マキ」は筆名で、フランスのレジスタンス勢力マキ団から取られている。
作品数 : 5
林 静一(はやし せいいち、男性、1945年(昭和20年)3月7日 - )は、満州営口生まれ、日本のイラストレーター、漫画家、アニメーション作家。 日本アニメーション協会会員。国際アニメーションフィルム協会会員。日本イラストレーション協会会員。ACFA会員。中野区立第九中学校卒業。ロッテの梅味キャンディー『小梅』のキャラクター「小梅ちゃん」のイラストレーションや、同棲生活をテーマにした漫画『赤色エレジー』で知られる。女性美の表現について「現代の竹久夢二」と評される。画家、実写映画の監督、アニメーション作家として多才な活動を見せている。
作品数 : 44
つげ 義春(つげ よしはる、戸籍上は1937年10月30日(実際は4月の生まれ) - )は、漫画家・随筆家。小学校卒業と同時にメッキ工場に勤め、転職、家出を繰り返しながらメッキ工に戻る。17歳で漫画家を志し、18歳で若木書房より『白面夜叉』でデビュー。貸本雑誌『迷路』『忍風』などに作品を発表。1967年からは発表の舞台を『ガロ』に移し『沼』『チーコ』『山椒魚』などで注目され始め、『ねじ式』で多くの読者に衝撃を与える。これらの作品を発表した1967年‐1968年の一時期、精力的に執筆したものの、1970年代からは体調不良もあり年に数作という寡作なペースとなる。神経症に苦しみながらも1984年発刊の『COMICばく』誌上に『無能の人』などを毎月連載。1987年を最後に漫画作品は発表していない。デビュー当初はつげ・よしはると表記していた。本名の柘植 義春名義による作品もある。またナカグロを入れてつげ・義春と表記されたこともある。テーマを日常や夢に置きリアリズムにこだわった作風を特徴とし、旅をテーマにした作品も多い。『ガロ』を通じて全共闘世代の大学生を始めとする若い読者を獲得。1970年代前半には『ねじ式』『ゲンセンカン主人』などのシュールな作風の作品が高い評価を得て、熱狂的なファンを獲得した。漫画家のつげ忠男は実弟。妻藤原マキは、唐十郎主宰の劇団・状況劇場の元女優。一男あり。身長175センチあるいは176センチ。2017年には『つげ義春 夢と旅の世界』(新潮社)と一連の作品で第46回日本漫画家協会賞大賞受賞。
作品数 : 30
松本 大洋(まつもと たいよう、男性、1967年10月25日 - )は、日本の漫画家。東京都出身。和光大学文学部芸術学科中退。1987年デビュー。代表作に『花男』『鉄コン筋クリート』『ピンポン』『ナンバーファイブ 吾』など。スポーツや闘いを題材に、男の持つ美学や世界観を独特のタッチで表現している。初期には講談社『モーニング』で活動するも人気が出ず、小学館『ビッグコミックスピリッツ』に移って以降評価を受けるようになった。実母は詩人の工藤直子。妻は漫画家の冬野さほで、冬野はしばしば松本のアシスタントもしている。従兄弟の井上三太も漫画家。
作品数 : 11
山野 一(やまの はじめ、1961年4月2日 - )は、日本の漫画家である。福岡県小倉市出身。立教大学文学部卒。本名は橋口 保夫(はしぐち やすお)。『月刊漫画ガロ』1983年12月号掲載の「ハピネスインビニール」でデビュー。貧困や差別、電波、畸形、障害者などを題材にした反社会的な作風を得意とする特殊漫画家で「ガロ系」と呼ばれる日本のオルタナティヴ・コミック作家のなかでも極北に位置する最も過激な作風の鬼畜系漫画家であった。前妻は同じく漫画家のねこぢる。彼女の生前は共同創作者の役割を務め、彼女の死後は「ねこぢるy」のペンネームでその作品を受け継いだ。
作品数 : 30
山本 直樹(やまもと なおき、1960年2月1日 - )は、日本の漫画家(大学時代は同人漫画家活動も実施)。北海道松前郡福島町出身。北海道函館中部高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。劇画村塾3期生。水瓶座、血液型AB型。主に青年漫画を執筆。別に、成人向け漫画を執筆する「森山 塔」(もりやま とう)、「塔山 森」(とうやま もり)の名義がある。自身のバンド「ブレメン」(旧スロラナSPブレメン)ではボーカルとギターを担当。都内ライブハウスを中心に活動。
作品数 : 25
蛭子 能収(えびす よしかず、1947年10月21日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、タレント、エッセイスト、ギャンブラー、俳優、ナレーター、映画監督。ファザーズコーポレーション所属。
作品数 : 5
華倫変(かりんぺん、男性、1974年10月13日 - 2003年3月19日)は、日本の漫画家。大学在学中に投稿した作品が講談社『週刊ヤングマガジン』においてちばてつや賞を受賞、『週刊ヤングマガジン』で執筆、その後太田出版『マンガ・エロティクスF』等で執筆するようになる。影響を受けた漫画家は、山本直樹、逆柱いみりなど。好きな歌手は戸川純。2003年3月19日、心不全のため28歳で死去。『マンガ・エロティクスF』(2003年VOL.21の330ページ)に編集長による読者への告知文が掲載された。短編作品『張り込み』は、2001年に篠原哲雄によって映画化された。『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』や『デッド・トリック!』は、小説家の高橋源一郎が帯で賞賛している。独特の画風で、初期は特に絵が荒い。フェチズムな性をモチーフにすることが多く、怠惰な日常描写を得意とする。
作品数 : 10
冨樫 義博(とがし よしひろ、本名同じ、1966年4月27日 - )は、日本の漫画家。妻は同じく漫画家の武内直子[注 1]。弟の冨樫(冨樫秀昭)[注 2]も漫画家。1987年に『『週刊少年ジャンプ』Winter Special』に掲載された「とんだバースディプレゼント」でデビューし、1989年(平成元年)から『週刊少年ジャンプ』で開始した「てんで性悪キューピッド」で連載デビュー。主に『週刊少年ジャンプ』で活躍。代表作『幽☆遊☆白書』『HUNTER×HUNTER』『レベルE』はいずれもテレビアニメ化され人気を博している。『幽☆遊☆白書』により1993年、第39回小学館漫画賞少年部門受賞。『週刊少年ジャンプ』誌上において『HUNTER×HUNTER』を不定期連載中[注 3]。血液型はA型。