鈴木 さんのレビュー

34

5.0

病気で余命いくばくもない少年が、孤独を埋め合わせるためにつくられた人造人間の女の子と最後の日々を過ごす。

愛蔵版という形で、辞書のような本が上下巻で出ている。
最初に読んだのは十代半ばのときだったのかな?
まだ全五巻のコミックスのうちの最終巻が出ていなかったように思う。
このマンガはちょっと変わった刊行のされ方をしていて、連載は99年の5月から02年の5月まで。
コミックスも四巻までは順調に出ていたのだが、連載版に大量の加筆修正を加えた最終五巻が出たのが04年の9月となっている。
このあたりの経緯は愛蔵版のあとがきに詳しいが、かいつまんで言うと「ある日突然マンガが描けなくなった」というようなことだ。
『最終兵器彼女』と同時期で、この『愛人』もいわゆる「セカイ系」のひとつとざっくり言えるところがある。『イリヤの空』あたりもそうだけど、このあたりの「セカイ系の終わり」の作品群が揃ってぶつかった課題、困難は、やはり9.11なのではないかと思う。
その困難に向き合いながらこの作品がどういった答えを出したかはここでは触れない。
ただ、このことを書いておきたい。
ここまで苦悩の刻まれた作品というのを、自分は他に見たことがない。
その血の滲むような悩み苦しみの軌跡をなぞることそれ自体が、この作品に触れることのひとつの価値であるように思う。
破局的な暴力を前にして、人を愛することは虚しいか?
表現は無力だろうか?
この『愛人』のあとの『ミミア姫』という作品のあとがきの中に書かれた言葉がずっと印象に残っている。


"『戦車で踏み潰されても殺されないもの』を描きたいです。
『どんなに殺されても消えないもの』を描きたいと願います。"



全人類に読んでほしいなんてさすがに言わないよ(言いたいけど)。
でも、せめて何かを表現しようとする人には、一度は読んでほしいと願う。
「表現すること」それ自体の力に殴られるような読書体験。
それから、だいぶあとになって氏は『初愛』(全三巻)という作品も描いている。
これ、作品としては『愛人』よりも好きだったりするのだが、ただ、『愛人』あってこその作品、ということもあって、ここではこちらをとり上げた。
『愛人』と真逆の、作中の言葉を借りるなら「笑ってしまうくらいありふれた」ことを描いていて、こちらも本当に美しい作品なので、ぜひ。

『愛人』については、どうしても読んでほしいってのもあって無限に書いてしまうのだが、ここでは最後にもうひとつ、一番好きなシーンのことだけ書く。
主人公のイクルとあいが野外ライヴを観に行くエピソード。
そのバンドは、役目を終えた用済みの人造人間たちのバンドなのだが、そこでやはりパートナーに先立たれたという人造人間の女が歌をうたう。


"それは…
とんでもなく悲惨な内容の歌詞だった
育ちの悪いバカな女が苦しく激しい恋におちた
女はそれがただひとつの本物の恋だと信じた
不幸でバカな女だった 苦しいつらい恋だった"


それで結局女は相手の男を殺してしまうわけだ。
場面は変わって、こわれた精神のまま刑務所で臨終の際にいる女が、夢を見ている。
自分が殺してしまった男との性交に耽った日々をずっと反芻している。
曲は最後こういう風に幕を閉じる。


"清らかな天使たちにだって 胸をはって大声で言えるわ
生まれてきてよかった あたしいましあわせよって

世界が死にたえようと
あなたが死んでしまおうと
あたしが死んでしまおうと
そんなのたいしたことじゃない

そんなのたいしたことじゃない"

愛人 特別愛蔵版

レビュー(7)件

既刊2巻

5.0

難病恋愛ものというベタな題材に、マンガの魔法をありったけかける。
コマを超えてページ全体の上から漫符や擬音が降りかけられる。
コマの接続で空間的距離を乗り越える。
同一空間での異なる時間軸の出来事が同時に展開する。
キャラクター・コマ・吹き出しの配置が連動する。
とにかくトリッキーな表現技法のオンパレードで、画面構成は実にアバンギャルド。
ただそれは実はかなり目的化されている。
時間を描く、時間を描き直すということに向けて。
結局、映画や音楽というものに比べて、マンガ固有のアドバンテージは、時間だけは好きにできるということなのではないかと思う。
物理運動の制約を離れて、内面の、感情の時間で物語を動かす。
それが目指すところは明白だ。描きたいことはひとつだ。
恋していた時間は、永遠なんだ。

なにかこの作品の良さを文章で表現することって無謀な気もしている。
マンガだけに表現し得るものを追求した作品だから。
マンガへのラブレター。


"その夜は、
引く波に立つ足の裏の、
砂に埋もれる感触みたいに、
上級者向けのゲレンデの、
コブの向こうの景色のように、
先生の、声の余韻が一晩中、
鳴り止まなくて眠れなかった。"

猫で人魚を釣る話

レビュー(4)件

完結・全3巻

5.0

少年とゆるキャラが文明が終わったあとの地球でダラダラするシュールギャグ、みたいな感じの内容。SFと言っていいのかな。
マンガで、表象と意味のギャップみたいな表現ってありますよね。
例えばカイジって読む前は「こんな板みたいなキャラクターに深い内面なんてあるわけがない」って思うんだけど、実際読むと人間の内側のドロドロしたものとか精神的な駆け引きの濃密さにグッと引き込まれたり。まああれは意図してそうしてるのか測りにくいとこがあるけど、こういう手法って例えば阿部共実は意識的にやっていて名手だったり。
これは映画や音楽だと不得手な表現で、マンガの武器のひとつだったりする。
で、これが『ロジカとラッカセイ』ではいろんなレベルで巧妙に組み込まれている。
主人公のひとりのラッカセイ…これゆるキャラのほうがこの名前じゃなくて人間の少年の名前がラッカセイなんだけど。そんな名前ないだろって思って読むとその意味するところに圧倒されたり。こういうトボけたネーミングセンスが、実際の意味は…みたいなのは他にも出てくる。
木を触ってる人がいて、「何してんの~?」と聞くと「スイッチを探してるんです この木はハズレでした」と返って来る。ラッカセイくんは(相変わらず訳分かんねーこと言ってんな)と思うのだけど、これ自体はそういう冗談なのかと思ったら、あとに実際に木のスイッチを押している人が出てきたりとか。
表情の読めないゆるキャラみたいな妙な登場人物が多いけど、その内面の実に人間くさい感情であったりだとか。
ナンセンスな笑いと思っていると、その裏からちらりと世界の秘密が覗いている。その秘密はいつも少し悲しくて、でもそれが大袈裟さも一切なくただ置かれているだけという温度感が、作品独特の空気を生んでいる。
その置かれている悲しさに気づいて触れるたび、少しづつこの世界や登場人物たちが愛おしくなっていく。

ロジカとラッカセイ

レビュー(14)件

完結・全3巻

5.0

"たいていの問題は 100mだけ誰よりも速ければ 全部解決する"


小学生~高校生~企業所属の社会人選手まで主人公トガシの人生を追う、100m走を巡るクロニクル。ラフだけど力のある絵柄と、裏腹にトリッキーなマンガ表現。その裏腹な要素が生む摩擦がそのまま作品に熱をあたえるような。焦燥感に駆られるように描かれている、全部が綺麗に表現できるようになってからじゃ遅いんだ、と感じさせるような疾走感が作品全体から迸っている。
登場人物たちの誰もが、どこかネガティヴなものを抱えているのがいい。
ライバル役の小宮が、小学生時代のトガシとの出会いのシーンでこんなことを言う。


"気が…紛れるから
現実より辛いことをすると 現実がぼやける"


あるいは高校編での廃部寸前の陸上部員・浅草さんのセリフ。


""嫌"っていうのは頑張る動機になるじゃん
馬鹿にされてるからこそ得られる活力があるじゃん"



それが走る理由。
この作品は、そういう後ろ向きさに充ちていると思う。
追われることの恐怖。自分への失望。無力感。諦念。挫折。孤独。
誰もがそういう不全感を…それもまったく無視できないほど大きな不全感を…抱えてはいるけれども、しかし、それでも自分には「走ること」しかないのを、心の奥では分かっている。


"『衰えた』とか『才能ない』とか悟った時 普通 誰だって挫折します
でも1つ忠告しておきます
1位を獲ったら もうそんな理由じゃ挫折できない"

"不安とは 君自身が君を試すときの感情だ"

"トガシくんが決心したのに 平子先生が協力したのに 部長が戻って来たのに
僕は"これ"かよ
やっぱり僕はダメなんだ 僕は無力なのか…
こんな自分が嫌になる
でもッ

でも本当は!自分を嫌おうとしてる自分がっ!
一番ッ!嫌いなんだよ!!"


そういう後ろ向きなもろもろ、葛藤が、10秒間の中に凝縮され、昇華される。
そこですべて報われる。

私は超音速偵察機のブラックバードのことを思うと泣けてしまうときがある。存在自体の一途で純粋なあり方、ある機能のためだけに全てがあって、そうとしか在れない、ということ。
それと同じものを本作に対しても感じた。


"僕らは一体 何のために走ってるんだ?
そんなの当然 真剣(ガチ)になる為"


憧憬を抱く。
生きることはこういうことであってほしいと、願いすらする。
傑作。


"私さ みんなが思ってるより

速いよ"

ひゃくえむ。

レビュー(183)件

完結・全5巻

5.0

どの物語も、すぐそばにあり、事故のように出くわしてしまったり、いつか経験して胸の奥にしまっていた記憶のような、そんな感情について描いている。
最後にはすべてが終わっていくとしても、その過程にある美しい瞬間を掬い上げていくことはできて、それがあればこの先を生きていけるっていうような、そういう類の美はあるだろう、っていう感覚が自分の中にずっとある。
映画の『ブルー・バレンタイン』や『マリッジ・ストーリー』、『永遠の僕たち』のような作品を思い出していた。
それ以上に連想したのが、星野源のアルバム『エピソード』。
飯を炊き風呂を沸かして悲しみを乗り越えようとする"湯気"、寒くて布団から出られず家人に「行ってらっしゃい」を言えなかった、事故にでも遭ったらどうしよう?と気を揉む"布団"、喧嘩と仲直りを繰り返す老夫婦の暮らし"喧嘩"、パートナーの葬儀を悲しくユーモラスに描く"ストーブ"、墓参りの"ステップ"。暗い部屋の中で光る何かがあると信じて創作に打ち込む"日常"。
すごく好きなアルバムなのだが、『うみべのストーブ』はそれと響き合うような一冊だった。読んでいる間、自分の中でずっと鳴っていた。

うみべのストーブ 大白小蟹短編集

レビュー(41)件

完結・全1巻

Loading ...
Loading ...