《普通の人の散歩、そこから見える風景を描いた「歩くひと」はせりふがほとんどなく、絵そのもので表現するスタイルを取った》
この作品を描いたのはバブル末期の90年。日本中が忙しく走り回っている印象がありました。このままでは日本はだめになるのではないか。もっとゆっくりでいいのではないかと感じていました。人間は長い距離を走り続けることはできません。逆にゆっくり歩くことで、普段は見えなかったものが見えるのではないか。そんなメッセージを込めました。
作中の主人公は私自身で、連れて歩く犬は、当時飼っていたサスケがモデルです。サスケと実際にゆっくり散歩すると、今まで見過ごしていた小さな路地や、名も知らない鳥、マンホールの蓋(ふた)の模様などが目に映り、新鮮な輝きを持ちました。
描いた当初は「気持ちいいな」「きれいだな」というせりふを入れたのですが、編集者と話し合い、感嘆文や感情を表す形容詞をできるだけ省略しました。次第にせりふが減り、後半部分ではほとんどありません。こうなると、表情や背景が非常に重要になる。この作品から、背景を重要なキャラクターと考えるようになりました。